
函館奉行所では、幕府に対し蝦夷地の警備および、開港に伴う外国船舶との交渉上、幕府所所属の船舶が必要となり、函館で作ることを申請し許可した。船大工の続豊治・宇之吉父子に造船の命令をくだした。安政4年11月完成、船名を箱館丸とした。日本造船界に偉大なる貢献をもたらしたこの箱館丸は、日本人の創造設計による日本で最初に造られた洋式帆船であり函館の人により函館で造られたことに意義深いものがある。
今日の箱館丸は昭和63年復元レプリカだが、普段あまり見ることのない帆船が陸上にそびえ立っている。その巨大な船体は見るものを圧倒する。細部までしっかりと再現されている。








