
明治6年(1873)12月に米国からメソジスト派の宣教師M.C.ハリスが来日し函館で伝道を始めた。函館美以教会と呼ばれたこの教会は、プロテスタント教会では国内で3番目に古いもの。現在のゴシック風の建物は1930年(昭和5年)に建てられたもの。
また彼は札幌にも伝道し、内村鑑三や新渡戸稲造など札幌農学校(現北海道大学)の学生の指導にあたり洗礼を授けた。一方ハリス夫人は女子教育に尽力し、これがカロライン・ライト・メモリアル女学校(現遺愛学院)設立の契機となった。教会堂は、明治10年に建てられたが、火災により焼失し、数度の変遷を経て、昭和6(1931)年に現在の教会堂「ハリス監督記念礼拝堂」が建った。
昭和16年にプロテスタントの教派の合流があり現在の教会名となっている。尖頭アーチの窓や塔屋正面の多葉飾りなどヨーロッパ中世のゴシック様式を意識したデザインは,この会堂の建設に携わった建築家萩原惇正が得意としたもので,この建物の他にも北海道大学構内の理学部や農学部など中世スタイルの建築を残している。









